コーディングの質ってさーって話から

今日、知人とコーディング(HTML)の質についての話になって。
きっかけはその方が依頼されたコーディングのお値段が単価3000円だったことです。その値段が安いか高いかは別として(知人とはそこが主だったけど・笑)、コーディングの質をどこまで重要視しているんだろう(ちゃんと見ているのかな)、何を求められているんだろうかという話へ。

この記事を書いていて、最初は愚痴のような感じになっていたんですが(HTML軽視してない?!みたいな・笑)、やめました。私はHTMLが好きなので、愚痴だと書いていてつまらないなって思って。

なぜ私がHTML♡LOVEなのかといえば、サイトそのものだからです。
HTMLを学習する過程で、お馴染みの”Hello World!”をブラウザに表示できたとき、純粋にうれしかったんですよね。それで、ただの”Hello World!”は機械では意味のない羅列だと知ったときに「へー」と思って、その意味のない文字の羅列をマークアップすることで意味を付与できるとわかって、またまた「へーーー!」と思ってしまったんです。

質の話に戻すと、値段とかじゃなく、自分が提供できるHTMLの質ってなんなのさってことなんです。愚痴をやめたのもこれに尽きるわけで、結局、求められてもできないんでは仕方ない。

コーディングの質ってなんでしょうか。

  • セマンティック?
  • 可読性?
  • 更新性の高い設計?
  • 最新の技術?
  • スピード?
  • お値段?

どれも正解で必要なことです。
ただ、基本に立って考えれば、やっぱり”マシンリーダブル”じゃないかなと思います。HTMLの基本は、対象のコンテンツをより正確に適切な形でユーザーに届けることです。
それを実現させるには、Web標準にそったセマンティックなマークアップであること、アクセシブルな設計であることが重要です。
プラス…文字、文章、文脈を汲みとる機微があるかどうか。最終的に使うのは人なので、コンテンツの解釈をより高度に持っていくことが求められるはずです。”マシーンリーダブル”の先に、多種多様なデバイス、より多くのユーザーが使いやすいと思える、そういう設計。人に届ける、人に繋がっていくということが、HTMLが好きな大きな理由なのかも。

今のところの結論としては、『マシーンリーダブルを追求すること、より正確で機微があるコンテンツの解釈、それがHTMLの質を向上させること』です。そう思うとやっぱり誰でもできる作業じゃないですね。

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